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叫んで届かぬ手の先に、あんたの泣きそうな顔を見た。
昔問いかけた言葉が脳裏を過ぎ去る。忘れていたはずのあの言葉を、どうして今思い出したのだろう。
今なら、分かる。世界がどうしてここにあるのか。それは、全て。
世界が割れる音を聞いた、壊れてしまう音を聞いた。
唐突に訪れると言われていた世界の終わり、その話を聞いてから一体どれだけの時間が過ぎたことだろうか。
分からない。けれど、一つだけ分かること。

世界は、閻魔大王の思うが儘に。

この世界を創造した者だけが「カミサマ」と呼ばれるのなら、きっと彼こそが本当のカミサマ。なあカミサマ、あんたは何を思って世界を創ったのだろう。

『あんたなら、世界を壊せるんでしょう?』

彼はイエスと答えた後に、僕の記憶を消した。
そんなに知られたくなかったことなんですか?僕の態度は一切、変わらないというのに。
僕は知っていましたよ。あんたがこの世界を気に入っていること、愛していること。
じゃあどうして、この世界は今にも壊れそうなのだろう。

冥界の中心に、大きな亀裂。僕と、大王のいる場所を分かつそれは深く、落ちたら二度と戻っては来られないのだろうと思わせるほどに。
どうしてこうなってしまったのか僕には分からない。思い出そうとしても思い出せない。
気付いたらここに立っていた。昨日まではいつも通り生きてきたのに。

「俺が、天秤を傾けちゃったから」

声が、した。
僕の目の前だ。泣きそうなあんたは、震える唇で笑みを作る。
何て不恰好。今のあんたの顔、自分じゃ分からないでしょう?どんなに歪んでるのか、分からないでしょう?

「自分で創ったものに恋しちゃうなんてやっぱり駄目だったんだよ」

理を曲げちゃったんだ。
だから何だと言うのだろう。あんたが僕を愛して、僕があんたを愛して、どれだけの月日が流れたと思っている。数百年以上だ、そんなに世界が続くのなら、何も問題はないだろうと思うのに。

「やっぱり、許されなかった」

なあ創造主、僕をどうする気ですか?
僕は絶対に許さない。あんたを手放したりなんかしない。待っていろ、僕は。

「ごめんね、鬼男くん」

大好きだよ、と唇が動く。声にならない言葉。
謝られる覚えなどありません、僕はあんたと離れる気などさらさらないのだから。
世界が壊れるから、僕はもういらない?そんなことはないでしょう。だってあんた、酷い顔してる。今にも泣き出しそうなのを堪えている、酷い顔。

「さようなら」

許さない、そんなの、絶対に。僕は何度だってあんたの前に立とう。何度だってあんたを愛そう。侮るな、鬼の欲は深いんだ。どんな望みだって叶えてみせる。どんなものだって手に入れてみせる。
見てろ、創造主閻魔大王。世界が壊れるこの瞬間を、僕はあんたの記憶に刻み付けよう。そして次の世界で驚くんだ、僕は絶対に消されたりなんかしないのだから。

「―――愛してる」

そんなの、僕だって、一緒だ。
世界は闇に包まれた。壊れた世界の片隅で、僕の意識が消える。ぷつん、と。まるで映像が途絶えるかのように。







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「意味深だなぁ」

じゃあ俺の嫌いそうなことは何かあったのかな?まあ聞いても君は真面目に答えてくれないのだろう。捻くれた子だこと。そこが気に入ってるんだけど。

「で、本当は?」
「残念ながら本当に何もありませんよ。いつも通りです」

なぁんだ、つまらない。そう呟いて手元の赤ペンを放り投げた。やる気喪失しちゃった。その場で裁判すればいっか。

「あ、あとおやつ、作ってきましたよ」
「先にそれ言ってよね!君の作るお菓子大好きなんだから!!」

書類と書類の間に置かれたのは甘く香る紅茶と、ストロベリーショートケーキ。しかも四分の一カット。贅沢な感じがとても嬉しい。ふわふわと香る苺のフレーバーにすん、と鼻を鳴らす。

「ストロベリーティー?」
「いいえ、苺の香る砂糖を使ってみました。いい匂いでしょう?」
「さすが鬼男くん。趣味がいいね」

小さなフォークを手にとって生クリームと柔らかなスポンジをざっくりと切り、口に運ぶ。とろりと溶けるように舌に馴染む味が全身に染み渡るようだった。
男の心を掴むならまずは胃袋からってね。確かに、胃袋から掴まれたようなものだろう。今でこそ全身くまなく好きであると言えるけれど。

気付いたときにはもう手遅れだったような気がする。もうずっと前のことだから覚えてないけれど。俺が創った魂、俺の子供たち。その中の一人だって知っているけれど、仕方がないんだ。

「仕事をしてもらうためには必要でしょう」
「そーだね、今日も頑張る気になるよ」

段々と上達するお菓子作りの腕前は、獄卒鬼の女の子たちにも大人気だ。もうお菓子屋さんになればいいんじゃない?この前なんて飴細工やってたし。あれは食べるのが勿体無かった。
遠巻きに鬼男くんを見てる女の子たちは多いし、死者の女の人だって俺の隣に見惚れている。いいでしょう、俺のものだよ、何て言えたら幸せなんだけどね。残念なことにみんなの鬼男くん。彼はみんなのもの。
あーあ、報われないねぇ。俺はこんなに君が好きなのに。

「と、言うことで今日も頑張って下さいね」
「はぁい。もう、何で鬼男くんはこんなにお菓子作りが上手いんだろうね」

失敗でもしてくれたらそれを理由に仕事サボってやるのに、文句の付けようがないほどに美味しかったらどうしようもない。美味しいのは大歓迎だけどね。舌が肥えちゃったよ、お菓子に関してだけ。

「あんたのために作ってるからですよ」
「素敵な口説き文句だね、それ」

一瞬どきっとしたなんて言ってやらない。これは駆け引き。一種の、ゲーム。堕ちたら負け、俺は既に負けているも同然。
カミサマはね、一人に入れ込んじゃいけないんだ。自分の創ったものを、等しく愛さなきゃいけない。誰が決めたんだって?自然の定理だよ。万物がそうなってる。

「でしょう?」

悪戯っぽく笑う姿は、少しだけ、子供のように見えた。



世界は、俺の手の中にあった。

































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